通話中
「で、表紙はどうして欲しい?」
「任せる!何描いてもあんたの絵は好きだから」
「それはありがとう。仕事の方はどう?」
「相変わらずつまらないよ。でも給料は入るから。こないだフィーリックスがまたあのプレゼンのことで文句言ってきたんだよ。パワーポイントなんて文章の一つも入れないなら何のために使ってるんだ、って」
「え、これってあの広告の提案したプレゼン?広告と同じような雰囲気を作ろうとビーチや海の写真使ったやつ?」
「そう。信じられないでしょ?」
「やば。上司はなんて?」
「あ、あっちは気に入ってくれたみたい!金曜日にまた上の偉い人にプレゼン見せて、あっちでオッケーもらったら採用される!」
「良かったね!」
「うん!で、そっちの空飛ぶ仕事の方はどうよ?」
「あー、相変わらずだよ。この仕事は相変わらずが一番だけどさ。こっちがもしハドソン川に降りることになったらサリーの時ほど上手く行きっこないや」
「うん、こっちの事務所の揉め事とそっちの毎回変わらない仕事の間で選ぶならこっちを選ぶよ。仕事場がコックピットでもね」
「そっちの仕事場の方が場所広いじゃん」
「そう!」
「で、表紙に話戻すけど−」
「ったく、気にしないで。何描いても気に入るから。ガイコツでも気にいるから。ちょっと話の内容と矛盾して困るのは事実だけど」
「二つの方向に考えてるけど、片方はかっこいい王子が龍に向かい合うので、もう片方はメルヘンな村に城とか堀とか全部見える景色」
「だったら龍の方が人の気を引くんじゃないかな?」
「メガネと子犬のしっぽがついてるから、って?」
「その通り」
「でも景色の方にも、城の跳ね橋に兵隊とペリカンが争ってるとこ描こうかと思ってたんだよね。それで反対側に堀を渡ってるキヌザルがパドルでワニと揉めてて、空の端っこの方に龍が少しだけ見えるような」
「わ、そっちの方にして!すごそう」
「本当に?色々ありすぎてごちゃごちゃしてるかなって思ったけど」
「あ、苦労するならやめといて。そんなに時間を取るようなつもりは−」
「そんなこと気にするんじゃない!そっちの本の絵を描けないほど忙しいことは断じてないから」
「あるじゃん。ほら、あの…オトモダチがタイに逃げてった時とか。イタチが壁破って、お隣さんの文句が絶えなくて、直す人が三日間来れなかった時とか」
「はいはい、わかったから−」
「それにバイト3つ掛け持ちしながら通信教育受けてた時も−」
「あの時は絵を頼まれた覚えないけど。頼まれてたら時間作ってた」
「そんなことしたら即栄養失調で倒れてたでしょ」
「栄養失調って言えば、お兄さんの方は元気?」
「医者は大丈夫だって。24時間点滴受けた後にちゃんと食べるように、って帰されたみたい。お母さんが彼女いればこんなことにはならなかったのに、って嘆いてる」
「まだ親には話してないんだ?」
「話せっこないよ。こっちも普通の人と付き合ったことさえ話す気になれなかったし」
「そうだよね。そう言えば、そっちのお母さん、うちらが付き合ってるって思い込んでるみたい」
「あー、あの話はやめて。でもそっちのお父さんもそう思い込んでるよ」
「思ってないよ」
「思ってるってば。ベルリンで入院した時あったじゃない?私がどんなに無責任な人間か、みたいなメールもらった」
「なんてことを…本当にごめん。話し付けとく」
「必要ないよ。余計なお世話ですってはっきり言っといた」
「マジで?」
「マジよ」
「すごい、最強だね」
「いえいえ。悪いけど、後5時間で会社行かなきゃいけないから。少しは寝なきゃ」
「そうだった、ごめん。明日も魔女とのご対面?」
「魔女ってか悪魔だね」
「楽しそう。サーブルを忘れないようにね」
「忘れないよ。明日間違っても天使に会わないようにね」
「今んとこ間違ったことないよ」
「これからも間違わないように!木曜日にまた電話しよ?」
「しよう!おやすみ!」
電話が切れた。
籟根海作
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